「英語教育、この一冊」

どうもどうも。今年もこの季節がやってまいりました。anfieldroad先生が半年に1回開催している「『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない!企画」の第4回目に参加させていただこうと思います。僕がこの企画を知ったのがちょうど1年前で、僕にとってはこの企画に参加させていただくのは3回目です。

この企画で、初めて僕のブログを訪れる方もいらっしゃるかと思いますので簡単に自己紹介させてください。僕は埼玉大学を2011年3月に卒業し、同年の6月末から北米に留学していて現在は修士課程でTEFLを学んでいます。一応プロフィールページとか作ってあるのでそちらを御覧頂いて、あとはTwitterのつぶやきなんかでどんなやつかはわかっていただけると思うのでこのへんでやめておきます。

さて、今回のテーマは、「英語教育、この一冊」ということでして、実はこの話でTwitter上で盛り上がったときにはちょうど僕もその中にいまして、和書洋書問わずいろいろな書籍の名前があがっていてほしい物リストにどんどん追加した記憶がありますw

僕も一応教育学部の英語科を卒業した身として、それなりに本は買って読んでいましたし、学部生だった当時はいわゆる「カリスマ」と言われるような有名な先生方の著書を読んで感動していました(遠い目

残念ながら、僕がアメリカに来る際にこちらに送った荷物の中で僕が日本で読んでいた英語教育系の和書が全て入っていたダンボールだけ紛失してしまった(UPSの不手際で)ので、それらの本をまたもう一度眺めておすすめすることもできませんし、「一冊」しか挙げられない中でそれらの本を今「この一冊」として紹介するかというとそうとも思いません。こちらに来てから買った読んだ本も、確かにたくさんあるのですが、包括的な英語教育の本として「これだけは読んでおいてほしい」と自信を持ってオススメするような本というとどうもしっくりくるものがありません。日本から取り寄せた「成長する英語教師をめざして」「学習英文法を見直したい」も候補にあがったのですが、今回はちょっと奇をてらうと言いますか、もしかしたら「おまえなめてんのか?」「ふざけてんのか?」と言われるかもしれないものを一冊あげたいと思います。

こちら。

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すいませんすいませんすいません

いや別にあのふざけてるわけではなくて割りと真面目なんです…

「んなものは書籍じゃないしPDFで読めるだろ」云々かんぬんとか「すすめるまでもなく誰でも読んでて当然だろぼけks」とか「一冊じゃなくて二冊じゃねーか」とかもうバシバシ飛んでくると思うのですが…(二冊だけど値段は一冊分以下(ry

でなんでこれを挙げたかと言いますと、ほら、ついこの前も「指導要領を守れないなら学校を去れ」騒動とかあってコワイからちゃんと読んどきましょうね(棒 とかまあそれは冗談で、よく学習指導要領の内容とか、それに従う従わないとか問題になるじゃないですか?そういう議論自体はどんどんしていくべきだと思うんですけど、例えば指導要領なんか見て授業やってる奴はとかあんなものはとか云々かんぬんいろいろサムライの方とかいろいろ言う人多いんですけど、でもだからといってあれは無視していいものでもなくって、批判するにしてもまずは読んでから批判するべきなので、尖った発言する(文科省に反対する側の)偉い人達の言うことに乗っかって「そうだそうだー」とかやらないでまあちゃんと読みましょうよというのが一点目の理由。

二点目は、英語教育のいわゆる「中の人」でしたらすごくわかると思うのですけれど、教育、とりわけ学校英語教育をはじめとする日本の英語教育っていわゆる「外の人」からボッコボコにしてやんよばりに言われたい放題じゃないですか。それもほとんどが自分の経験とかあるいは自分の子どもの経験とかをもとにした的外れの指摘だったりすることがほとんどで、もちろん日本の英語教育が完璧であってなんの問題もなくて現状維持が最適とか言うつもりはないんですけれど「ちょっとそれはちがうよ」ってこと多いじゃないですか。で、僕の個人的な信条としては、それを無視しちゃいけないと思うんです。「はいはい何もわかってない外の人は黙っててね」とか「そういうのかまってる暇ないから」とかやっちゃうともうまた「教師は世間知らず」だの「英語教師は既得権益にすがってる」だのってなって余計に批判されてしまうと思うんです。もちろんこういったことの原因として、事実を正しく伝えきれていなかったり過度に大衆を煽ったりというメディアのせい、とかもじゃもじゃの人のせい、とかネットで影響力があるぐろーばる界隈の人のせいとかもあるとは思います。で、そういう人たちと話をする際にこの学習指導要領って使えるんじゃないのかなって僕は思うんですね。例えば先ほどは挙げませんでしたがよく話題になる「小学校英語」の話とかをする際に、一つの資料として学習指導要領をもとに話したりもできると思うわけですよ。ネットで公開されてますし、例えばここのこのへん読んでみてくださいこうやって書いてありますよね?でもこれにはこういう問題が実はあって今はこうなってて、とかって説明したりとかにも使えるんじゃないのかなって。学習指導要領が合ってるとか間違っているとかの話とは別にして、はっきり言って教育の外の人で真面目に指導要領読む人なんかほとんどいないと思いますから、そしてそれでも学校の教育に(ときには理不尽な)文句つけられたりして、そういう時にこの学習指導要領に書いてあることを批判的に読んで説明する、伝えることって大事なんじゃないかな。そんなことを考えたんです。

最後の三点目は、指導の話です。指導要領に従う従わない、ここがおかしいあそこが変だとは言っても、「じゃあどうするの?どうやって教えるの?」「なに教えるの?なんで教えるの?」という根本的な疑問を解決するときのスタート地点って結構学習指導要領なんじゃないかと思うんです。そういう意味での「指針」としても使えるんじゃないのかなって。もちろん定期的に新しい指導要領が告示・施行されて、その度に「現場」の先生方は振り回されているという事実はあるわけなんですけれどね。そもそも、経験や実践を積み重ねてきたからこそ学習指導要領に批判的になれるのであって、学習指導要領を通過せずにそこにはたどり着けないんじゃないかなと思います。

おまけですけど教員志望の学生であれば教員採用試験においても学習指導要領読んでて損はないわけですしね。

そんなわけでして、あの僕は別に学習指導要領ごり押し的なあれでもなんでもないですけど、以上三点の理由で学習指導要領を「英語教育、この一冊」として取り上げさせていただきました。

今回の企画の趣旨とはずれてしまったとかもしれませんが、たくさんの方に読んでていただく可能性のあるまたとない機会なので、普段僕が思っていることを書かせていただきました。

10月1日が更新基準日だそうですので一番乗り目指して早めの更新です。他にもたくさんの方々がこの企画に参加されることと思いますが、集まった記事は以下のリンクにまとめられるそうです。

http://d.hatena.ne.jp/anfieldroad/20121001/p1

それでは皆様よい週末を。

アメリカ New Hampshireより。

おしまい。

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「英語教育、この一冊」」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 私の考える理想の教科書―音を持ち帰らせよう | 英語教育0.2

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