Sato, R. (2010). Perspectives Reconsidering the Effectiveness and Suitability of PPP and TBLT in the Japanese EFL Classroom

どうもどうも。かなり前から「お前はこれも読んでないのか」と言われてヒィィすいませんつって読んだ論文がありまして、それでまあまとめブログということで更新させていただこうと思います。

Sato, R. (2010). Reconsidering the Effectiveness and Suitability of PPP and TBLT in the Japanese EFL Classroom. JALT Journal32(2), 189-201.

こちらの論文なんですが、後にこの論文への「反論」があり、その後にその反論に応えるかたちでもう一度著者が再度論点を提示しなおしていたりして、そこまでがひとつになってる感じですね。なので、それはまた別記事でアップして、その後に僕のコメントを添える形にしたいと思っていますので、この記事では僕のコメントは記しません。途中でなんか書き方とか変わってるのは同じ僕が書いてるやつでも違う日に書いているだけですのでご了承を。

イントロ

文科省の学習指導要領では、中学校の英語教育の目的は基本的なコミュニケーション能力の育成となっており、さらに高校においては情報を伝えたり考えや意見を表明するといったコミュニケーション能力の育成を図ることとなっている。文科省は、実際の言語を用い、考えや意見の交換をするように生徒を導く活動に取り組むべきと言っている。CLTからの理論的発展形態であるTBLTの利用は昨今日本の英語教育において注目を集めている。

タスクの定義(Ellis, 2003)

  • ワークプランであること
  • 主に意味に焦点をあてていること
  • 実世界の言語使用のプロセスを含んでいること
  • 4技能のうちのどれもが含まれうること
  • 認知プロセスに働きかけること
  • 明確に定義された、コミュニケーションによって得られる結果があること

PPPモデルでは、特定されたtarget structureの産出による練習が決定的な役割をもっており、教師によるL2の新しい形式と意味の説明から始まる。

Skehan(1998)を引いたPPPのまとめ

  1. ”元にあるルールが理解され内在化される機会を最大限にするために、明示的あるいは暗示的に提示される単一の文法のポイントに焦点をあてる。これは基本的にはdeclarativeな知識の発達を目的としているだろう。”
  2. 練習段階ではおもに正確さに焦点があてられ、生徒は教師の用意周到なコントロールに従う。declarativeな知識を産出可能な知識にするのが目的である。
  3. 教師のコントロールは徐々に弱まっていき、産出段階にはいる。この段階では生徒はコミュニケーション活動を通した目標形式の産出機会を与えられる。”学習者は彼らの表現したい意味内容に基づきより瞬時に言語を産出することが要求される。
PPP反対論者

Skehan(1996):ある特定の言語形式に焦点をあてることが学習と自動化を導くという考えは言語学や心理学の分野ではもはや信頼性をほとんど有していない。
Willis(1996):言語習得はadditiveな流れで起こることはほとんどない。

White(1988):PPPは意味の側面が欠落した方法である

TBLTは文法指導において効果的なのかという疑問

  • TBLTは前もって特定された形式の指導には向いていないかもしれない
  • 試験のためにデザインされていない
  • 日本の教室では日本語が主な指導言語である
  • SLA研究においてこの指導法の効果が完全にテストされていない以上、PPPを教室から完全に排除してしまうことは早熟なのではないか(DeKeyser,1998)
  • 英語に触れる機会が限られており、日常生活において英語でのコミュニケーションの必要性がほとんどないという日本のEFL環境を考慮すると、PPPの効果を考え直し、TBLTと比較することは重要である。

Reconsidering the Suitability of TBLT in the Japanese EFL Classroom

Target Grammatical Structures

日本の中等学校における英語教育では、教師は日本政府によって認可された教科書を使用しなくてはならない。これらの教科書はそれぞれのセクションで目標の文法形式を学習するようになっている。目標の文法構造の習得は線形ではないというWillis(2004)の主張はそうかもしれないが、教科書に収録されている教室環境の活動は生徒が順を追って目標言語を習得することが必要となるように機械的に編集されている。意味やコミュニケーションに焦点がおかれた典型的なタスク活動では、目標形式は必ずしも生徒によって使用されないということがあり得る。実際に目標形式を使用しているかどうか、そしてタスクに対してどのように感じているかの簡単な調査(対象は国立大学で英語教育を専攻する大学生21人)。タスクは高島(2005)からのものを使用。現在完了形の使用を促す目的のタスクであったが、15人の参加者は当該項目を一切使用しなかった。タスクは、タスクを遂行するためにどのような言語を使用するかは学習者が選択することができ、どのような文法項目を用いるかは学習者に自由が与えられているので、教師が想定している目標形式がタスク中に使用されるかどうかはわからないというのはかなり理解できる。英語に触れる機会が英語の授業中しかないという日本人英語学習者にはとっては、授業中で新しい項目を習得するということが決定的である。しかしながらタスクはこの必要性を満たしていないかもしれない。

Ellis(2003):学習者はしばしばコミュニカティブタスクを学習の機会というよりはコミュニケーションの機会としてみている

Willis(1996):TBLTの利点。タスクの役割はスピーキングとライティングそして理解の両方ために、学習者がすでに持っている言語を使わせ、活性化させることを促すこと(p.147)そして学習者に彼らが既に持っている言語を発展させるための動機付けにもなる。

Swain(2005):TBLTは上級学習者に適している。

しかしながら、著者の行った実験では被験者は比較的に上級であると考えられる国立大学の英語専攻の大学生であり、彼らであってもタスクが効果的に機能しなかったということは、中高生にはより効果は薄い可能性があるということを示唆しているのではないか。
Bruton(2005):タスクの適応力はEFL学習者に対しては限られている。

日本人英語学習者にとってタスク型アプローチが適切かどうかに懐疑的である。

高島(2005)では、彼も日本人英語学習者がTBLTの文脈でいうタスク活動では適切に目標語彙や形式を使用できないかもしれないと主張しており、日本の中高生の学習環境により適していると彼が考えるfocused-taskを提案している。

Examinations and Tests

Yashima (2000): 日本人学習者の目標は2つ。1つは入試等の現実的なゴール、もう1つはコミュニケーションのために英語を使うという理想的目標。そして学習者はそれぞれに多かれ少なかれ重きを置いている。

日本人学習者はテスト関連の動機付けのほうが強いようにみえる(Yashima, Zenuck-Nishide, & Shimizu, 2004)。

タスク型指導は入試等を念頭に置いておらず、文法的なエラーやミステイクをおかしたとしても教室外で英語が使えるようになる学習者の育成を目的にデザインされている(Willis and Willis, 2007)

入試以外にも、日本の中等教育では伝統的な手法の期末テストをやっていて、それらはリーディングがメインでたまにリスニングやライティングもあるけどスピーキングはない。よってTBLTとのミスマッチはある。

English Classes Conducted in Japanese

TBLTの教室では教室運営と指導をすべて英語で行うことがベストである。これによってコンテクストを作れるしリスニングにもなる(Willis & Willis, 2007, p.220)

しかしながら、日本の中等教育現場では英語は主な指導言語にはなっていない。文科省の調査では3分の1以下の中学校教員、10%以下の高校教員が英語をおもに使用して授業を行っていた(Kan,2006)。

この問題にまず当たらなければならない。しかしながら、教師が英語の授業中で日本語メインで生徒とのコミュニケーションを図っている以上、生徒は先生に従って(真似して)ペアワークやグループワークで日本語を使うはず。コミュニケーションのための英語授業という状態を作ることがTBLTの前提条件としてあるだろう。教室内で日本語の使用が主であるという現実を直視すると、TBLTの導入は節操ではないだろうか。文科省の目標に逆らうわけではないが。

Reconsidering the Utilization of PPP

Declarative Knowledge and Procedural Knowledge

2種類の知識タイプ
  • declarative knowledge; 宣言的知識。「知っている」ということ
  • procedural knowledge; 暗示的知識。「使える、できる」ということ。”procedural knowledge can only be performed”
インプットの不足している日本では生徒はまず宣言的知識を得たのちに、反復練習や英語に触れることによって、それを手続き的知識に発展させる(Sharwood Smith, 1981)。手続き的知識は自動化された宣言的知識であり(Anderson, 1992)、第二言語習得の最終的なゴールは手続き的知識の獲得であるべき。

Skill Acquisition Theory

第二言語習得はdeclarative formから始まり、数多くの練習によって手続き化される段階を経て知識が自動化される(Anderson, 1993,1995)。

スキル獲得の3段階
  1. cognitive stage;宣言的知識の段階
  2. assoociative stage;手続き化の段階
  3. autonomous stage;自動化の段階
すべての知識が宣言的知識からスタートするわけではないし、手続き的知識の習得(宣言的知識の自動化)は宣言的知識の消失を必ずしも意味しない。しかしながらこの理論の肝は目標行動に取り組むことによって宣言的知識が手続き的知識に発展するという点である。

PPP and Skill Acquisition Theory

SATはPPPの効果を説明しうる。DeKeyser(1998)によると、SATは学習者の明示的文法指導が先に与えられるべきであり、その後に宣言的知識を手続き的知識に発展させる活動や練習が続くべきで、そして手続き化を自動化に高めるためのより自由度の高いコミュニカティブ活動があたえられるべきであるとなっている。この段階はPPPのpresentation・practice・productionという3つの段階と対応する。ちなみに、TBLTではpractice・associativeのステージが完全に却下されてるようにみえると筆者は指摘する。

Yamaoka(2005, 2006);イミテーション、繰り返し、パターンプラクティスは日本のEFL環境において宣言的知識を手続き的知識に発展させるために不可欠である。

Dekeyser(2001);活動は言語が定型句を通して学習されるようなルールベースのモデルのあとに活動が導入されるのが理想的であると結論づけている。なぜならば、明示的指導によって、生徒は新出の構造に気づき、その形式と意味のつながりを処理することができ、そうすることで彼らは最終的にその新出文法を習得することができる。

Suggestion

AndersonのSATにあるように、PPPモデルは日本人英語学習者が限られた時間のなかで効果的効率的にターゲット構造を習得するためには役に立つはずである。

Yamaoka(2005);手続き的知識を発展させる際には伝統的PPPモデルにみられるような単純で機械的な繰り返し練習では意味はなく練習をとおして意味と形式のつながりを経験するべき。むしろ複雑でアクティブなイミテーションや繰り返しが必要。意味と形式のつながりを確立するためには認知的練習が必要。

DeKeyser(1998);機械的ドリルやアウトプットを急がせることは宣言的・手続き的、両知識の発展のためには理想とはほど遠い。活動やプラクティスの前にまずターゲット項目の宣言的説明が必要。コンテクスト内での大量の練習が必要でありそれによって宣言的知識が手続き的知識になる。

Gatbonton and Segalowitz(1988);コミュニカティブ活動は学習者に同じ表現や決まり文句を繰り返し使わせるようなものに工夫されるべきである。

Arevart and Nation(1991);学習者が同じストーリーを数回話し、回を重ねるごとに時間の制限を厳しくするような活動を紹介。同じ語彙項目や決まり文句を何回も使うことになり学習者の習得に効果あり。

同じターゲット項目を繰り返し使わせるようなfocusedな活動が効果的であるかも議論の余地はある。TBLTの観点ではターゲット構造を正確に産出できるかという点にプライオリティをおくのは批判されうる、たぶん。例えばWillis(1996)は生徒はしばしば目標形式を過剰使用し、彼ら自身の伝えたい意味を表現するというよりも構造をうまくコントロールすることを示そうとすると指摘している。単にすでに習ったあるいは内在化された形式を使用するというよりもむしろ新しく文法構造を習うように仕向けるということを考えると、産出段階において自由度の低い活動を使用することは合理的である。入試やテストのために勉強するという環境とTBLTのミスマッチ。産出段階においてもSではなくRLWが重視されたりする。その活動の一例としてディクトグロスがある。

Conclusion

TBLTは注目されているが日本という環境での英語学習には適していないのではないか。日本で行われているPPPモデルの問題はproductionの段階でコミュニケーションを改善させるための十分な時間が取れていないということ。コンテクスト無視した練習段階を重視すぎてもそれは学習にはつながらない。
日本人のスピーキング力がダメなのは過剰に自由度の低いドリルやエクササイズに頼りすぎた指導法にある(Lucas, 1984)
伝統的PPPアプローチの改善が明らかに必要。しかしながら、改善が必要であるにはあるが伝統的PPPがそれでも日本に1番適しているという可能性もある。

TBLTは実際のコミュニケーションのために英語を使うことができるという状況に学習者をおくことによって学習者のモチベーションをあげるしL2の真の流暢さを発達させるのに役立つという面もあるのでTBLTの効果は退けられるべきではない(DeKeyser, 1998)。

最初の段階でPPPを使用すれば、算出段階でtaskが効果的に機能する(折衷案?)

Ellis(2006)も言っているように文法指導のアプローチは一つではない。第二言語・外国語の文法学習・習得は複雑なプロセス。どんなオプションが可能で、それらの理論的根拠はどのようなものなのか、そしてその理論的根拠の問題点とはなにかを認識する必要がある(p.103)

二分法でそれぞれのアプローチを考えるよりも現実に合わせたコンビネーションが大事なんじゃないか。しかしながら特に高校レベルではPPPアプローチの効果があるはず。
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Sato, R. (2010). Perspectives Reconsidering the Effectiveness and Suitability of PPP and TBLT in the Japanese EFL Classroom」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: “Point to Point” | (続) アメリカ New Hampshireより

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