私の考える理想の教科書―音を持ち帰らせよう

anfieldroad先生の

『英語教育ブログ』みんなで書けば怖くない!企画第8回

に参加しています(案内のブログ記事はこちら)。

この企画に参加するのはなんだか久しぶりな感じですね。今までで,この企画に参加して書いた記事は以下の様な感じ。もしご興味がお有りでしたら読んでもらえたら嬉しいです。

「なんで英語なんか勉強するの?」と訊かれたら

「英語教育,この一冊」

さてさて,そんなわけで今回の企画は「こんな教科書がほしい!」というもの。色々思い浮かぶのですが,実現可能性とかは考えなくてもいいということですので本当に「理想」の教科書について書きます。といっても,私のオリジナルで革新的なアイデアというわけではなくて,anf先生ある先生が前からおっしゃっていたことです。ちなみに,想定は中高の教科書ですが,高等教育でも当てはまることだと思います。

というものです。つまりは,極端にいえば今の紙の教科書をすべてやめて,教科書で文字として触れるインプットの音源のみを教科書とするということです。理由は様々ありますが,一番大きいのはインプット量を増やすということがまず一番です。とにかく英語を聞くという機会が圧倒的に少ないんです。教科書の音声を聞く以外に,帯活動でリスニングをやるようなこともあるかもしれません。また,先生が授業内での英語のインプットを増やすというのも考えられます。でもそれでも十分というには少なすぎる(じゃあどれだけのインプットが必要なのかという議論はここでは置いておきます)。だからこそ,家でも英語を聞くという機会をなんとかして作ってあげたいわけです。もちろん,ちまたにはたくさんの教材がありますし,それこそネット上にも英語のインプットの素材となりうるものは山ほどあります。しかしながら,それらを自学自習のために使えるのは,ある程度自立した学習者であり,また英語学習に対する動機付けも高い学習者に限られてしまうでしょう。こちらが,こんなサイトがあるよとかこんな教材があるよと紹介したところで,それにアクセスして英語を聞くというのはなかなか期待のできることではありません。さらに,インターネットにはアクセスの問題もありますし。

アクセスの問題という点では,音源を教科書にした場合にそれを聞く手段を生徒全員が持ちあわせているのかという問題は十分に起こり得ます。私も昨年度,なんとかして生徒全員に教科書音源のCDを配れないかと検討しましたが,やはりクラスに数人はCDの再生環境がないという生徒がいました。スマホ使うけどパソコンはあまり使わないということもあるでしょうし。この辺はクリアしなければならない現実的な問題です。それから,値段の問題もあります。実際,今でも教科書音声CDは売っているものの,とても生徒全員に購入させるような金額ではありません(確か2,000-3,000円くらい)。著作権の問題があるのでこちらでコピーを配布ということもできませんし,教員が教科書本文を読み上げたものを録音して配るのもちょっとグレーっぽいですよね。ですから,アクセスと価格の問題がクリアできたらなあと。(その辺りにも触れているのはanfieldroad先生のこの記事)。

以上のような問題点も音声教科書にはあります。でも,私は音声CD教科書というのが本当に実現してほしいと思いますし,自分がそのために何かできるならなにかやりたいとも思います。インプット量の確保ということに絡みますが,私が音声教科書を熱望するのは,音声だけは教員がどう頑張っても生徒に持って帰ってもらうことができないからという理由もあります。

はっきり言って,文字のインプットや,絵・写真などの視聴覚的な補助資料などは,印刷して配ることが可能なわけです(これも版権が絡む?)。ですから,プリントを配れば読んだり書いたりということは宿題にできます。でも,聞くことはどうしてもそうできないわけです。また,読むということに関連して,「教科書を音読する」というようなことのサポートも期待できます。英語の処理の下位技能として,デコーディング能力はとても重要です。教室環境ならば,「読めない(文字を音にできない)」という状況に直面した生徒には,教員がモデルを示してあげることができます。しかし,もし,1人で音読の練習をしようとしたときに,「あれ?これなんて読むの?」みたいなことになったら,そこで「あーもうできないからいいや」なんてことになってしまうかもしれません。そうした状況で,もしモデルの音声にアクセスできる状況ならば,聞いて確認してみるということができますよね。何回もモデル音声を確認できるので,苦手な子にはありがたいのではないでしょうか。再生スピードの調整とかも機器によってはできますし。さらに,音読がすらすらできるようになった子には,文字を見ないで「シャドウイングやリピーティングをやってみようね」なんて課題も出すことができます。意味があるのかもよくわからないノート作りだって,ただ教科書の英文を写すだけじゃなくて,音声CDを聞きながらやってみようなんていうこともできますよね。繰り返しになりますが,文字ベースの補助はこちらが出せるんですよ。自作のプリントなりワークシートを作って授業をやる先生も多いでしょう。それをむしろ補助的な教材として,音声をメインにする。音でわからない時に文字の助けを借りる。こういう習慣付けが大事だと思うのです。

音声にして配布したところで,どれだけ授業外でそれにアクセスしてくれるかは正直わかりません。しかしそれは紙の教科書でも同じことのような気もしています。家で教科書をどれだけ見て「学習」しているのかを考えれば,その問題は音声CDの問題とはいえませんしね。ただし,もしも家で音声を聞くことや,聞きながら教科書を音読してみたり,聞きながらディクテーションしてみたりといったことが定着して当たり前にできるようになれば,実際に教室でそれらに費やしていた時間をもっと他の活動時間に使えますよね。それこそ,教員がいるからできること(フィードバックとか),または1人ではできないこと(ペアやグループの意味交渉を狙ったタスクとか),をメインに授業を組み立てることができるわけです。自宅での学習時間でかなり差がついてしまうということはもう1つ考えなくてはいけない問題かもしれませんが,これも教科書の形態が変わることの直接的な影響とまではいえないでしょう。

というわけで,私の理想の教科書は,音声CD教科書です。別に紙撲滅ということではなくて,むしろ共存しても全然OKですが,それだとコストがただ増えるだけなので,紙にかかるコストをCDに振り分けるというのはどうかなぁという提案です。私がお亡くなりになるまでには実現していたらいいな,ぜひともさせたいな,と思っています。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

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