「落ちたら国際誌」

タイトルの意味は,まずは国内のいわゆる「全国誌」といわれるもの(e.g., 全国英語教育学会のARELE, 外国語教育メディア学会の機関誌)に出して,もしリジェクトされたら国際誌に出すというもの。

この志向がいいのか悪いのかはよくわからないが,ARELEに落ちた論文をLanguage Teaching Researchに載せた先輩がいるとこういう考え方になるのかな。

論文の内容によっては国際誌—といっても幅広いが—の方がマッチするというケースもあるように思う。特に私の(メインの)研究なんかは,国内誌で大きいところに出すのを躊躇するような内容だったりする。心理言語学系のジャーナルは国際誌だと結構あるので。国際誌はコワイから出さないということもあるのかもしれないが,落ちたら落ちたで別のところに出せば良いし,選択肢は1つだけじゃあない。そして,なにより分野が近い人に査読してもらえることの方を重視する。リジェクトされて元気が出るような研究者は—よっぽどのMっ気がない限りは—いないと思うし,誰だってそのときはへこむだろう。しかしながら,論文をpublishし続けている人は,その裏でリジェクトだってもらっていると思う。それでも出し続ける強さがないと—そしてそれは研究者として大事な素質だと思う—,コンスタントに論文を書くのは無理だろう。その点で,「落ちたら国際誌」の志向は相当強い。ただの若気の至りかもしれないが。

この勢いが,あと30年続くかどうか(40あたりで歳下に尻を叩かれたり論文を全然書いてないけど査読するようなオトナになりたくない)。問題はそこ。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

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