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概念数の処理に関する論文が出ました

下記の論文が,First Viewで公開されました。論文がDLできない方は,著者用のリンクをお送りするのでご連絡ください。

TAMURA, Y., FUKUTA, J., NISHIMURA, Y., HARADA, Y., HARA, K., & KATO, D. (2018). Japanese EFL learners’ sentence processing of conceptual plurality: An analysis focusing on reciprocal verbs. Applied Psycholinguistics. Advance Online Publication. doi:10.1017/S0142716418000450

名古屋大学大学院のD2のときに院生仲間と一緒にやった研究です。初めて国際誌に投稿した論文なので,概要と投稿の経緯を書いて置こうと思います。

概要

ざっくりとした結論は以下のような感じです。

  • 日本語を第一言語とする英語学習者も,英語母語話者と同じようにA and Bという名詞句を概念的に複数として表象していて,その複数を構成する要素にもアクセス可能
  • ただし,the parentsのように複数の構成素が明示的でない場合にはその構成素にアクセスできない(母語話者もできないと先行研究で言われています)

具体的な実験では,次の4条件における下線部の単語単位での読解時間を比較して,aではガーデンパスに引っかかることなく読んでいるという結果になりました。

a. As the mother and the father battled the child played the guitar in the room.

b. As the parents battled the child played the guitar in the room.

c. As the mother and the father left the child played the guitar in the room.

d. As the parents left the child played the guitar in the room.

battleのような相互作用動詞が目的語を取らないという解釈にいたるためには,主語が複数である必要があります。その時には相互作用動詞の後ろの名詞句は主節の主語として解釈され,ガーデンパスを回避できるということです。4条件作っているのは,(a) A and B(conjoined NP)とthe parentsのようなplural definite descriptionを比較したこと,(b) 動詞のバイアスの影響ではないことを示すために自動詞と他動詞の両方が解釈として可能な動詞の条件も用意し,その場合にはガーデンパスを回避することができないことを示す必要がある,という2点が理由です。

出版までの経緯

冒頭にも書いたように,この論文はD2のときにデータ収集を行い,その年の全国英語教育学会熊本大会で発表を行いました。その後,論文の形にして最初に投稿したのがその年度の終わりの2016年3月でした。

最初の投稿

まず,Bilingualism: Language and Cognitionに出しました。そこでは,査読に回る前に,「母語話者と比較してないからだめ」という理由で突っぱねられましたが,「母語話者のデータがなくともこの実験の結果のみで十分に価値がある」という長めのメールを送り,いくつかの修正条件を提示されたのでその修正をし,最初の投稿から1ヶ月後くらいに再投稿しました。査読に周り,再投稿時点から2ヶ月たってreject通知をもらいました。とにかく,コメントの鋭さが今までに経験したことのないもので,すごくショックを感じるとともに,これをもとに修正したらもっと良くなるに違いないとも思えました。

二回目の投稿

大幅な書き直しが必要で,イントロ,バックグラウンド,ディスカッションとほぼすべて書き換えました。そして,2017年2月に今度はLinguistic Approaches to Bilingualismというところに出しました。外部査読に回るまでが1ヶ月,外部査読に回ってからは3ヶ月で結果が来たので,投稿から最初の結果がわかるまでは4ヶ月でした。そして,またrejectでした。

正直,査読者のコメントはそこまで批判的ではなく,3人いるすべての査読者が好意的なようでしたし,コメントも対応可能なものが多かったです。それでもrejectだったので,Editorに抗議するか迷いました。しかし,私の副査であったM先生に相談したところ,抗議しても結果が変わる可能性は限りなく低いので,もっと別の雑誌に投稿するほうが良いというアドバイスをいただきました。印象に残っているのは,「IFが低いジャーナルが必ずしも通りやすいジャーナルではない」という言葉でした。

三回目の投稿

この時点で,私自身は割と自信を失いかけていましたが,第二著者の福田さんが,「この研究は絶対に面白いから,Applied Psycholinguisticsに出してみよう」と提案してくれました。私は,「それは無理じゃないか…」と思っていたのですが,あきらめずにやることにしました。二回目の投稿でもらったコメントも,論文の質を上げることにとても役に立ちました。三回目に投稿するときには,ほとんど穴という穴は塞いだ状態で投稿することができましたし,論の流れもだいぶすっきりしたものになったと自分でも思えました(それでも今読み返せばまだまだだなと思います)。

Applied Psycholinguisticsに投稿したのが2018年の1月初旬で,約2ヶ月後の3月上旬に結果が来ました。Major Revisionでした。3人のレビュワーのコメントはマイナーなものがほとんどで,1回目,2回目の投稿のときの半分くらいのコメントしかなかったと思います(1度目,2度目は計50近くコメントあったと思います)。結果のわかったタイミングが年度末で私も何かと忙しかったのもあり,修正にまったく手をつけられませんでした。期限ギリギリのGWにようやく修正原稿を提出し,その1ヶ月後の6月上旬にMinor revisionという結果がきました。3人のうち1人のレビュワーが細かい修正を指摘してきたので,その点を直し,2週間後に提出しました。最初は注が11くらいあって,さらには語数が制限ギリギリだったので,注を削って語数の範囲内に収めるのに苦労しました。このジャーナルでの3回目の投稿から2週間後の7月上旬に採択通知が来て,それからは書類を出したり校正を受けたりしました。

感想

本当は,大学院生のうちに私も国際誌に出したいと思っていたのですが,それは結局叶えられませんでした。国際誌にこだわったというのは,心理言語学系では国際誌のほうが選択肢が多かったからというのがあります。また,どんどんチャレンジしていこうという雰囲気が私の周りだけでなく色々なところにあったことも理由でした。そういう意味では,この時代だったから出版された論文でもあると思っています。環境が少しでも違えば,出版を諦めていたか,全く別の形で出版されることになったと思います。

結果的に,自分の専門を語るときに使う,「心理言語学」という言葉の入ったジャーナルに論文が出たことはよかったのかなと思います。心理言語的なアプローチをする先輩は名大にもたくさんいらっしゃるので,その先輩たちに追いついてそして追い越したいという思いもありました。

時間はかなりかかってしまいましたが,時間をかけて査読のプロセスを経たことで最初の原稿よりはいいものになったなと思っています。もちろん,これからたくさん批判を受けることでしょうが,それもまた自分の研究をより良くするために大事なプロセスだと自分に言い聞かせています。

最後に

私は,実は名古屋大に在籍した4年間で,私が第一著者,福田さんが第二著者という論文を出したことがありませんでした(逆は1つあります)。彼とはずっと一緒に長く研究をやってきていたので,今回の論文でようやく私が第一著者で二人の名前が載った論文が出せてよかったなと思います。これからもがんばります。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

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「タスク本」ができるまで

大修館書店から,『タスク・ベースの英語指導ーTBLTの理解と実践』という本が出版されます。この本は,名城大学の松村昌紀先生が編著者で,私も一部の章を執筆させていただきました。

私のところにも,出版よりも一足早く著者見本が送られてきました。実際にこうして製本されたものを手に取ると,いよいよだなという気持ちになります。今日は,「出版記念」(?)ということで,この本に対する思い(出)を綴っておこうと思います。長くなりそうな予感がしていますがお付き合いください。

この本に関わらせていただくことができたのは,色々な縁があったからです。私が名古屋に来て間もないある日,この本の執筆者の1人である福田さんに,「名古屋でやってる研究会があるんだけど興味ない?」と言われました。私は自分が知らない人ばかりの場所に行くのがとても苦手なので,実はその時はあまり参加に前向きではありませんでした。しかし,1回だけでも行ってみようと思い福田さんに連れられて参加しました。実は,その研究会を主催していたのが,タスク本の編著者である名城大学の松村先生だったのです。

もちろん,『タスクを活用した英語授業のデザイン』や『英語教育を知る58の鍵』などの著書で知られる松村先生のお名前は存じ上げていましたが,お会いするのは初めてのことでした。

行ってみるとその研究会はとてもアットホームでありながら,知的にレベルの高い議論が繰り広げられ,大変刺激的な経験をすることができました。松村先生は,初めて参加した私のことも快く迎え入れてくれ,私は今ではその研究会に毎月参加する「常連メンバー」となっています。

私は,松村先生が2012年に出版された前述の『タスクを活用した英語授業のデザイン』を読んでとても感銘を受けた多くの方々のうちの1人です。修士論文の研究もタスクに関するものでしたから,Task-based Language Teaching (TBLT)に関連する書籍や論文も読んでいましたし,松村先生がお持ちの英語教育に対する「思い」や「理念」のようなものに共感することも多かったです。

私が研究会に初めて参加してから1年ほどが経った2015年の4月から,Michael LongのSecond Language Acquisition and Task-Based Language Teachingという本を研究会で読むことになりました。この本が出た,そしてこれを読んだということがなかったら,もしかすると私達の本が出版されることもなかったかもしれません。確か,2015年の秋冬頃に,松村さんが「タスクの本を出そう」というようなことを仰っていて,「その時には福田くんと田村くんもぜひ書いてほしい」ということを仰っていただいたような記憶があります。もちろん,それは研究会の合間の他愛もない会話の一場面で,当時は本当に出版することになるとは,ましてや私も執筆者の1人として名前を連ねることになるとは夢にも思っていませんでした。

そして,2015年末に,浦野先生が「あの夜」と呼ぶ日がやってきます。

私は,松村先生とも浦野先生とも仲良くさせていただいていて,その日も浦野先生が名古屋にいらっしゃるということで,福田さんや数人の先生方と一緒に名古屋でお会いすることになっていました。そこに,松村先生も合流し,「松村先生と浦野先生が同じ宴席にいる」ということをとても新鮮に感じたように記憶しています。そして,浦野先生いわく「『あの夜』に俺が松村さんを(タスク本の出版に向けて)けしかけた」そうです(笑)。そして,2016年1月のセンター試験の頃,松村先生が企画案を作ってくださり,その後タイトルや内容についての交渉があり,2016年の5月頃から執筆をスタートさせたように記憶しています。

私の担当は,TBLTに関する疑問などに答えながらその解決策を提示するという主旨の第4章と,中学校・高等学校での実践に関する第7章でした。特に後者の執筆は大変難航を極め,私が第1稿を著者の方々にお送りしたときには「各章25ページ」という制限を大幅に超えた70ページにもなる原稿でした(笑)。内容的にはゆるやかな縛りしかなく,本当に私の「書きたいこと」,「言いたいこと」を詰め込みすぎてしまったために,「あれも書いておこう」,「これにも言及しておかなくては」とどんどんと原稿が冗長になっていたのでした。松村先生には,文字通り「ざくざくと」私の原稿を「斬って」いただき,最終的にはページ制限をオーバーしつつもなんとかOKサインをもらえたのでした。

松村先生と一緒に仕事をしたことで,「少しでも良いものに仕上げるためなら労力は厭わない」というプロフェッショナリティやプライドを間近に感じることができ,本当に刺激的な1年間だったなと思います。原稿の書き直しは何度もしましたし,校正の段階で松村先生からの手書きのコメントつきの校正紙を見てあまりのコメントの多さにそのままそっと封筒に戻して頭を抱えたこともありました。それはまさに,「査読コメントのファイルを開いてすぐ閉じる」ときのような気持ちでした。そこまでのエネルギーを注いで他人の原稿を読むことは,なかなか真似できることではありません。そんなときでも,「僕は自分の書いた部分はそれ(他の人の書いた文章にコメントしている)以上に書き直しをしているよ」とおっしゃっていただいたり,「僕1人では絶対に書けなかったと思えるような内容だから本当によかった」と励ましていただきました。著者陣の中でも一番未熟な私をそのように厳しくも温かく導いてくださり,本当に感謝の念に堪えません。

執筆する中で私が一番苦しかったのは,「私の原稿は松村先生の本を上回るものになっているのだろうか。新しい視点は提示できているのだろうか。焼き直しになってはいないだろうか」ということでした。私が書くからには,「自分にしかできない仕事」をしないと意味がありません。そうでないと,私が書く意味がなくなってしまうからです。そうした思いから,特に第7章の方では,具体例や実践者としての自分のビリーフのようなものを織り交ぜながら書くようにしました。

昨日の中部地区英語教育学会でいろいろな方とお話させていただいて,本に書いた内容でもまだ不十分というか,「十分に消化しきれない。もやもやが残る」というような部分もお読みいただきながらきっと出てくるだろうなと今になっては思います。ただ,それでも執筆当時は私の全力で書いた文章だったのです。この点については,今後の研究の課題として引き受けて,乗り越えていけるようにしようと思っています。

長くなりましたが,最後に。

私はアメリカの修士課程に在籍していたころからブログで文章を書くようになりました。今でも2011, 2012年あたりの記事を見ていると,本当に恥ずかしいような文章を(それも結構な頻度)で書いていたのだなと思います。WordPressに移行し,日本に帰ってきてからはこの「英語教育0.2」というブログをスタートさせましたが,アメリカにいた頃は「田村の日本語はめちゃくちゃだ」「アメリカにいるから日本語の文章の書き方を知らないんじゃないか」といったような「お叱り」を受けるようなこともしばしばありました。そんな私が,主にTwitterを通じてたくさんの方にお世話になり,あれから5年ほどの月日を経て,商業媒体に日本語の文章を載せることになったなんて,なんだか不思議なこともあるものですね。

いただいたチャンスを無駄にせず,今後につなげていけるよう,これからも一層頑張っていきたいと思います。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。