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「タスク本」ができるまで

大修館書店から,『タスク・ベースの英語指導ーTBLTの理解と実践』という本が出版されます。この本は,名城大学の松村昌紀先生が編著者で,私も一部の章を執筆させていただきました。

私のところにも,出版よりも一足早く著者見本が送られてきました。実際にこうして製本されたものを手に取ると,いよいよだなという気持ちになります。今日は,「出版記念」(?)ということで,この本に対する思い(出)を綴っておこうと思います。長くなりそうな予感がしていますがお付き合いください。

この本に関わらせていただくことができたのは,色々な縁があったからです。私が名古屋に来て間もないある日,この本の執筆者の1人である福田さんに,「名古屋でやってる研究会があるんだけど興味ない?」と言われました。私は自分が知らない人ばかりの場所に行くのがとても苦手なので,実はその時はあまり参加に前向きではありませんでした。しかし,1回だけでも行ってみようと思い福田さんに連れられて参加しました。実は,その研究会を主催していたのが,タスク本の編著者である名城大学の松村先生だったのです。

もちろん,『タスクを活用した英語授業のデザイン』や『英語教育を知る58の鍵」』などの著書で知られる松村先生のお名前は存じ上げていましたが,お会いするのは初めてのことでした。

行ってみるとその研究会はとてもアットホームでありながら,知的にレベルの高い議論が繰り広げられ,大変刺激的な経験をすることができました。松村先生は,初めて参加した私のことも快く迎え入れてくれ,私は今ではその研究会に毎月参加する「常連メンバー」となっています。

私は,松村先生が2012年に出版された前述の「タスクを活用した英語授業のデザイン」を読んでとても感銘を受けた多くの方々のうちの1人です。修士論文の研究もタスクに関するものでしたから,Task-based Language Teaching (TBLT)に関連する書籍や論文も読んでいましたし,松村先生がお持ちの英語教育に対する「思い」や「理念」のようなものに共感することも多かったです。

私が研究会に初めて参加してから1年ほどが経った2015年の4月から,Michael LongのSecond Language Acquisition and Task-Based Language Teachingという本を研究会で読むことになりました。この本が出た,そしてこれを読んだということがなかったら,もしかすると私達の本が出版されることもなかったかもしれません。確か,2015年の秋冬頃に,松村さんが「タスクの本を出そう」というようなことを仰っていて,「その時には福田くんと田村くんもぜひ書いてほしい」ということを仰っていただいたような記憶があります。もちろん,それは研究会の合間の他愛もない会話の一場面で,当時は本当に出版することになるとは,ましてや私も執筆者の1人として名前を連ねることになるとは夢にも思っていませんでした。

そして,2015年末に,浦野先生が「あの夜」と呼ぶ日がやってきます。

私は,松村先生とも浦野先生とも仲良くさせていただいていて,その日も浦野先生が名古屋にいらっしゃるということで,福田さんや数人の先生方と一緒に名古屋でお会いすることになっていました。そこに,松村先生も合流し,「松村先生と浦野先生が同じ宴席にいる」ということをとても新鮮に感じたように記憶しています。そして,浦野先生いわく「『あの夜』に俺が松村さんを(タスク本の出版に向けて)けしかけた」そうです(笑)。そして,2016年1月のセンター試験の頃,松村先生が企画案を作ってくださり,その後タイトルや内容についての交渉があり,2016年の5月頃から執筆をスタートさせたように記憶しています。

私の担当は,TBLTに関する疑問などに答えながらその解決策を提示するという主旨の第4章と,中学校・高等学校での実践に関する第7章でした。特に後者の執筆は大変難航を極め,私が第1稿を著者の方々にお送りしたときには「各章25ページ」という制限を大幅に超えた70ページにもなる原稿でした(笑)。内容的にはゆるやかな縛りしかなく,本当に私の「書きたいこと」,「言いたいこと」を詰め込みすぎてしまったために,「あれも書いておこう」,「これにも言及しておかなくては」とどんどんと原稿が冗長になっていたのでした。松村先生には,文字通り「ざくざくと」私の原稿を「斬って」いただき,最終的にはページ制限をオーバーしつつもなんとかOKサインをもらえたのでした。

松村先生と一緒に仕事をしたことで,「少しでも良いものに仕上げるためなら労力は厭わない」というプロフェッショナリティやプライドを間近に感じることができ,本当に刺激的な1年間だったなと思います。原稿の書き直しは何度もしましたし,校正の段階で松村先生からの手書きのコメントつきの校正紙を見てあまりのコメントの多さにそのままそっと封筒に戻して頭を抱えたこともありました。それはまさに,「査読コメントのファイルを開いてすぐ閉じる」ときのような気持ちでした。そこまでのエネルギーを注いで他人の原稿を読むことは,なかなか真似できることではありません。そんなときでも,「僕は自分の書いた部分はそれ(他の人の書いた文章にコメントしている)以上に書き直しをしているよ」とおっしゃっていただいたり,「僕1人では絶対に書けなかったと思えるような内容だから本当によかった」と励ましていただきました。著者陣の中でも一番未熟な私をそのように厳しくも温かく導いてくださり,本当に感謝の念に堪えません。

執筆する中で私が一番苦しかったのは,「私の原稿は松村先生の本を上回るものになっているのだろうか。新しい視点は提示できているのだろうか。焼き直しになってはいないだろうか」ということでした。私が書くからには,「自分にしかできない仕事」をしないと意味がありません。そうでないと,私が書く意味がなくなってしまうからです。そうした思いから,特に第7章の方では,具体例や実践者としての自分のビリーフのようなものを織り交ぜながら書くようにしました。

昨日の中部地区英語教育学会でいろいろな方とお話させていただいて,本に書いた内容でもまだ不十分というか,「十分に消化しきれない。もやもやが残る」というような部分もお読みいただきながらきっと出てくるだろうなと今になっては思います。ただ,それでも執筆当時は私の全力で書いた文章だったのです。この点については,今後の研究の課題として引き受けて,乗り越えていけるようにしようと思っています。

長くなりましたが,最後に。

私はアメリカの修士課程に在籍していたころからブログで文章を書くようになりました。今でも2011, 2012年あたりの記事を見ていると,本当に恥ずかしいような文章を(それも結構な頻度)で書いていたのだなと思います。WordPressに移行し,日本に帰ってきてからはこの「英語教育0.2」というブログをスタートさせましたが,アメリカにいた頃は「田村の日本語はめちゃくちゃだ」「アメリカにいるから日本語の文章の書き方を知らないんじゃないか」といったような「お叱り」を受けるようなこともしばしばありました。そんな私が,主にTwitterを通じてたくさんの方にお世話になり,あれから5年ほどの月日を経て,商業媒体に日本語の文章を載せることになったなんて,なんだか不思議なこともあるものですね。

いただいたチャンスを無駄にせず,今後につなげていけるよう,これからも一層頑張っていきたいと思います。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

 

 

 

 

「コーパスやりたいです」の意味わからなさ

主にMの学生向けです。新入生も入ってきたりする時期で,どんな研究をしたいかという話をする機会が最近多いですが,なんかそれよくわからないなと思うので少しだけ。

タイトルだけだとコーパスに関わる研究をしている人を批判しているように誤解されてしまうかもしれないのですが,「コーパス」の部分には他にも色々入ります。それは後ほど。

「コーパスやりたいです」が意味わからないと思うのは,コーパスは,少なくとも私の中では道具や手段だからです。もちろん,コーパスが研究の対象となることも当然あって,「コーパス言語学」という分野もあるにはあるのでそれはもちろんいいです(「んなもんはない」という人もいるかもしれないですがその戦いにはコミットしませんとりあえず)。ただ,コーパスを研究対象にするにしても,一体なんのためにコーパスを研究の対象にしていて,そのゴールは何なのかということだけは考えてほしいなと思うのです。

何か見たいものがあって,それを見るためにコーパスを用いるのがベストな選択肢であるならば,コーパスを使うべきであると思います。ただ,研究課題に対して必ずしもコーパスを用いることが適切でない場合もたくさんあります。先にコーパスから入ってしまえば,コーパスを使って研究できることしかできないわけで,最初に決めるべきは研究の対象であって使う道具ではないでしょう。これは,第二言語習得研究で使われる測定具を「◯◯やりたいです」に当てはめて考えてみればわかります。

  • 文法性判断課題をやりたいです
  • 視線計測をやりたいです
  • 自己ペース読みをやりたいです
  • 語彙性判断課題をやりたいです
  • ERPをやりたいです

もちろん,測定具の妥当性を検証することという意味では,上記のやりたいことも研究になりえます。文法性判断ていうけど,一体それは何を測っているのか,測りたいものを測れるようにするためにはどんな工夫が必要なのかということは,それこそ第二言語習得研究の最初の頃から今まで続けられていますよね。これはいわゆる「テスト」も同じです。

  • スピーキングテストやりたいです
  • 語彙テストやりたいです
  • リーディングテストやりたいです

テスト自体も研究の対象になります。スピーキングテストっていうけどそれは一体何を測定しているのか,測定しようとしているものが測れているのか,そういったことを研究課題にするのがテスティング研究者なわけです。

ですから,「測定」に興味があるのはとても良いことですし,ぜひそういう研究やってほしいなと思うのですが,「コーパスやりたいです」と言われると,「コーパス使って何をやりたいの?」と聞いてしまいます。言語教育にコーパスを応用したいということなのか(だとすればどんなことに応用したくて,それがなぜコーパスという手段なのか),言語発達をコーパスで調べたいということなのか,言語使用の特徴をコーパスで調べたいということなのか。コーパス自体が研究の目的になることって,少なくとも言語学の講座ではない場合にはそんなに多くないのではと思います。

ですから,道具立てそれ自体にこだわるよりも大事なのは,研究したいこと,明らかにしたいことを明確にすることと,それに応じて適切な道具を使いこなせるようになることです。

私は文法の習得や文処理に関心があり,そうした研究をこれまで多くやってきましたが,例えば「どんな研究をされていますか?」というような質問を受けたときに「自己ペース読み課題です」と答えることはありません。「第二言語の文法習得や文処理を心理言語学的なアプローチで研究しています。例えば,自己ペース読みなどです」と答えるでしょうおそらく。

ただし,それだけが手法ではありません。常に自分の見たいものを一番見れる方法を考えていますし,新しい実験の手法があればそれを取り入れて研究をやっていきます。興味があることもたくさんありますから,自分の興味があることに合わせて手法も選択することになります。手法が先に来てしまうと,その手法で見れることしか見ないことになり,視野が狭まってしまいます。「コーパス」という手法にとらわれて,実は自分が見ようとしていたものがコーパス以外の方法でより確実に見れることに気づくことができないかもしれません。

その意味で,道具立ての妥当性や信頼性を検証するという目的があり,そしてそれが分野にどういった貢献をするのかを理解していて,なおかつそれが自分の本当にやりたいことなのだと思えるようでなければ,手法よりも先に「見たいもの」について考え抜いて悩み抜いたほうがいいのではないのかというのが結論です。

久しぶりの更新でした。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

中部地区卒修論発表会2016の感想など

土曜日に,中部地区卒業論文・修士論文発表会2016に参加しました。去年までは基礎研として運営に携わっていたのですが,今年からは色々とオトナの事情とか私らの事情によりLET中部支部と中部地区英語教育学会の共催という形になり,「参加者」として楽しく勉強させていただきました。

他大学の学部生さんや院生さんの発表をこんなにたくさん聞く機会はなかなかありませんし,ゼミで後輩の発表にコメントするのとはまた違うので,主に「どうやってコメントしたら発表者の人に有益になるだろう」ということをずっと考えながら発表を聞いていました。酒井先生のコメントを聞くといつも自分のコメントの下手さに気づかされて凹むという恒例行事もありました。私はいつもの名大のゼミのノリでガンガン突っ込んだら発表者の方がちょっと機嫌悪そうな感じになってしまって「これはちょっとまずったかな…」と思っていたら,近くに座っていた知り合いの先生とも,

「知り合い?」

「あ,いえ全然知りません」

「あ,そうか,いや,結構ガンガンいくなーと思って」

みたいな話をしたので反省をしていたのですが,発表の後に「さっきは緊張してうまく質問に答えられなかったのでもう一度教えてください」と聞きに来てくれてホッとしました。私が言いたかったことは伝わったみたいでよかったです。発表者の指導教官の先生がいらっしゃっている場合などは,その先生とも話ができて個人的にはそれもよかったです。

私が一番いいなと思ったのは,「コメントシート」というシステムでした。プログラムと一緒に小さな紙が6枚(1人の人が聞くことのできる最大発表数分)用意されていて,そこに発表者の名前を書いてコメントを書くというものでした。学会の発表って質疑が盛り上がったり,くだらない質問やスピーチで時間が無駄になったりすると「質問したかったけどできなかった」みたいなこともあったりしますよね。

もちろん発表の後に個人的に伝えるという手段もあるのですが,発表の間の時間が短くて部屋移動とか考えると自分が移動しなくちゃいけなかったり気づいたら発表者の人がいなくなっていたりすることもしばしばあります。そんなときに,紙に書いて発表者本人に渡せるというのはいいなと思いました。発表者本人からしても,あとでその紙を見ながら落ち着いて見直すこともできますし,指導教官とシェアして相談したりということもできます。指導教官の先生からしても,自分の指導生の研究がどんなコメントをもらったのかは興味があると思いますし(たぶん),発表の場にいられないということもあるでしょうから,指導生がコメントシートを見せてくれたらそれは学生の研究指導に(直接的にではなかったとしても)役に立つのではないかと思います。

また,私も最初はそうでしたが学会発表のときに手を挙げて質問するのは特に若い人は躊躇したり勇気がなくて手を挙げて言えないこともありますから,そういう人たちにとっても紙に書いて渡せるのはメリットがありそうです。一応名前や所属を書くことが想定されているのだろうというスペースもありましたが,それを書かなければ匿名で質問することもできますし。

私は海外の学会に行ったことはないので雰囲気はわかりませんが,国内の学会だと質問が出なくて質疑応答の時間を早めに切り上げる(あるいは司会者の先生がアイスブレイキング的な質問をしたり)ということもしばしばあるので,コメントシートを作ったところで誰も書かないということもあるのかもしれませんが,書いて渡す(実際には司会者・コメンテーターの先生が回収して発表者に渡す)のならコメントしようという層もいるんでしょうかね。どうなんでしょう。講演やシンポジウムだとコメントシートを集めて回収というのはよくあるパターンですが,自由研究発表だとなかなかないですよね。あったらいいなと思います。

1つだけ残念だったことは,時間の都合などもあるでしょうが最後の講演まで残っている発表者や学生の方が少なかったことです。「発表しなきゃいけないから来た」という人もいたのでしょうし,それはそれであまり責める気にはならないです。ただ,自分が発表して終わりというのはもったいなくて,他の人の発表を聞くことでも自分の発表を相対化できる貴重な機会なのに,それを逃してしまうのはもったいないなぁと。最後の阪上先生の講演も,「これから教師になる人たちへ」っていう講演だったのに,本当にあの話を聞くべき人たちはあそこまで残っていたのかなと少し残念な気持ちになりました。「中部地区」というのは広いので,新潟や長野から来ている学生さんもいましたし,愛三岐以外からの発表者には新幹線の片道×1.5倍の交通費の補助が出たとはいえ,泊まりは厳しいので早く帰らなくてはいけないという事情もあったのかもしれません。プログラム作成が悩ましいですね。朝早くにすればそれはそれで前泊しないと間に合わなくなってしまいますし,かといって18時終了のプログラムだと帰りが間に合わないとなってしまったり。じゃあ,といって時間を圧縮するためにパラレルで1枠の発表数を増やせば(5部屋同時とか),人がばらけてしまってオーディエンスが少なくなってしまいます(そして部屋数が増えればお金もそれだけかかってしまったり)。難しいですね。講演を最初にやるとそれはそれで人が来ないかもしれないので,研究発表の間に講演を挟むっていうのもありかもしれません。

あとは懇親会ですね。発表者の人で懇親会に参加したのは3人(うち2名は名大の後輩)で,発表者の交流の場になったのかはちょっと疑問です。これも時間の問題があったと思うので,懇親会的なものをやるのだったらランチ(軽食)ビュッフェ的なものをやって,発表者の人たちが縦にも横にもつながりを作れるようなチャンスを作れたらいいのではないかなと思いました。この時間どうするかみたいなあたりは,それぞれの県が密集していて交通アクセスもそれなりにいい関西とかとの事情の違いですよね。

とまぁ色々言いましたけど,「じゃあ誰がそれやるの?」って言われると色々アレなんですが,全体的にはとてもおもしろかったですし,行ってよかったなと思ったので,持続可能なイベントになってくれればいいなと思います。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

 

2016年の振り返り

11月が終わってもう12月になってしまったのだなと思っていたら12月も終わりです。つまり2016年が終わります。ということで,2016年の振り返りです。

過去の振り返り記事

2016年は色々なことにもがいた年でした。研究面でいえば,初めて国際誌に投稿して,そして初めてリジェクトされました。研究者として生きていくには,これから嫌というほどこういう経験をしなくてはいけないのはわかっていても,やっぱりへこみました。それでも,「そんなに細かいところまで真摯に読んでもらえているのか…」と思わされるようなコメントをたくさんもらうことができたので,査読者の方々に感謝しつつ,現在書き直している最中です(遅い…)。私がメインにしている研究トピックは,国内だと投稿先がかなり限定されてしまう上に,同じような研究をしている人に読んでもらえるかわからないので,基本的には国際誌のどこかに出すようにしようと思います。ほとんど書き終わっている別の原稿も早く投稿しないといけないので,今年度中にこの2本は投稿してしまいたいです。

国際誌に出す経験をして思ったことは,「投稿した」だけで満足しないようにしないといけないことと,その原稿に集中して取り組んでから投稿,そして査読を経て時間が空いてしまっても,またその原稿に真摯に向き合うエネルギーをしっかり持たなくてはいけないということです。

結局,2016年中に投稿して採択された論文はゼロ本となってしまいました。DC2に通って意気込んでいたのに,なかなか結果が出ずに不甲斐ない気持ちもあります。博士論文を先延ばしにして今年1年は他の研究に打ち込んでいたので,それが無駄にならないよう,来年中になんとかしたいです。

非常勤先も今年から新しいところで教えることになり,試行錯誤しながら授業を考えました。昨年度まではかなり自由な環境で授業をやらせてもらっていたこともあり,そのギャップにも少し悩みました。ただ,それでもかなり自分がやりたいこと,大事にしていることを理解してもらっているので,そのあたりはありがたいです。

それから,4月からはいつも一緒に研究していた先輩たちがいなくなってしまい,色々な面で本当に「先輩」らしくいようと努めた,そんな年でした。ゼミで自分が一番上の学年となったので,後輩の良きお手本となるよう,また,ゼミの先生方からも信頼されるDの院生となれるよう,今まで以上に積極的に貢献しようとしました。うまくいっていたのかどうかはわかりません。

というわけで,2016年は色々もがいて,自分にできることとできないことの区別が少しできるようになったかなと思います。

健康面では,2016年は2月に一度熱を出してダウンしましたが,それ以外には基本的にひどく体調を崩すこともなく,持病のヘルニアも悪化することなく過ごすことができました。毎年のように言っていますが,健康第一です。

最後になりましたが,みなさん,今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

 

スタンディングデスク

今まで部屋にデスクは置いてませんでした。ご飯食べるために必要なローテーブルはあったんですが,仕事は基本的に研究室でやるため,家でPC開いてなにか作業する必要があるときは地べたに座ってローテーブルで作業するようにしていました。ただ,スタンディングデスクはほしいなと前から思っていました。長時間作業するのではなく,短時間に何か集中して作業ができるような環境は家にあってもいいのかなと。

ということで,

Bauhutte (バウヒュッテ) しごとに「立ち」むかえ。スタンディングデスク 上下昇降 集中力アップ 猫背改善 腰痛対策に

こちらを購入。スタンディングテスクのいいやつは結構高いんですけど,手頃な値段でアマゾンのレビューも結構良かったので。幅が100cmで,机の高さは70.5cmから108cmまで調整できます。ただし1人で高さ調整するのが結構大変ですね。作りは結構しっかりしていて,タイピングしてても揺れはそんなに気になりません。デスクはこんな感じです。

 

キーボード用の引き出しはありますが,今は特に使っていません。

 

だいたい今100cmくらいで自分の骨盤あたりの高さで使っています。どうしても下を向きながら作業することになってしまうので,本当なら目線の高さにくるようにモニターとか設置したらいいんでしょうね。

これで朝のゴールデンタイムに論文を書くということがやっとできそうです(今まで論文書いてなかったわけではないです…!)。やっぱり立った状態ですぐにPC開いて作業スタートできるのって結構いいですね。座るとなんか「ふぅ」ってなっちゃいますし。ちなみに執筆作業は基本的にMBAで行うことが多いのですが,今はWordファイルに直接打ち込んだほうが良いよなっていうものを書いているので写真ではMBAではありません。写真に写っているPCはHP Spectre 13 x360 Limited Editionです。見た目もかっこいいしこのサイズなら僕は全然持ち運ぶのが苦にならないので,窓機が必要な場合はこっちを持ち歩いています。学会とかではMBAと2台持ってることが多いです。

というわけで,まだ昨日届いて組み立てたばかりなのでスタンディングデスクで作業捗るううううううううみたいなレビューはできないんですが,結構気に入っています。

なにをゆう たむらゆう

おしまい。

PacSLRFとVocab@Tokyoの感想など

9月9日(金)から9月14日(水)まで,PacSLRFとVocab@Tokyoという2つの国際学会に参加してきました。その中で第一著者としての発表が2件と,コロキアムでの第二著者としての発表が1件で,6日間ある中でPacSLRFの最終日とVocab@Tokyoの初日にあたっていたため,2日で発表が3件あり肉体的にも精神的にもかなり疲れました苦笑

それでも,論文でしか名前を知らなかった人とお知り合いになれて,特に今回は普段あまりお会いできないような方々とお会いすることができたので,とても充実した毎日でした。PacSLRFはコロキアムにも発表する側で参加させていただき,そういう研究やるのかぁとかそういうツッコミ入るよなぁとか,タスク研究を今後やっていくとしたらどういう方向に行くべきかを考えることができました。organizerの新谷先生と,僕に一緒にやろうと声をかけてくれた福田さんに感謝です。

私は語彙が専門というわけではありませんがVocab@Tokyoでは,著名な研究者の発表やディスカッションを目の前で聞くことができて,かなり面白かったです。質問がガンガン出てきて盛り上がるのも聞いているだけでも楽しいです。そして,やっぱり面白いなと思う研究をやっている人は質疑応答のコメントも鋭いですね。そういうcriticalなコメントがぱっと出てくるようなそういう研究者になりたいなと思いました。

Vocab@Tokyoも習得とか語彙・コロケーション処理とかの研究は多少興味があるので面白かったです。参加費はそれなりに高いですが,語彙にちょっとでも興味のある人は院生でも絶対に一度は行ってみた方がいいですね。Vocab@Tokyoは規模はそれほど大きくありませんが(基本3部屋パラレル),それでも語彙に興味のある研究者が集うマニアック学会という感じで,これはこれでアリだなぁと。国際学会に行ったことがなかったので,東京で国際学会の雰囲気を味わえてとても刺激を受けました。

6日間東京にいて,一つ本当に悔しいなと思ったのは,私がまったく予想もしていなかった先生から帰りの新宿駅で「そのネクタイってダイヤル回すと声変わるやつだよね?」といきなり振られてとっさにうまい返しができなかったことです。まだまだ修行が足りないことを痛感したので,蝶ネクタイをつけるからには名探偵コナンネタが飛んでくることを想定して今後は学会に臨みたいと思います。

夏の学会シーズンもこれで一段落し,今年度は今のところ予定されている自分の学会発表は終わりました。ここまで寝かせてあった原稿をとりあえず1つずつ片付けて,年内に投稿にこぎつけたいです。来週から非常勤も始まるので,しっかりと計画を立てて1日1日を無駄にしないようにします。

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。

リオデジャネイロオリンピック

NHKのオンデマンド配信で卓球の女子団体戦3位決定戦を見ていた。無料でいくつかの競技のライブ配信や見逃し録画が見られることは知っていたのだけど、月額972円でもっとたくさんの競技の録画映像を見られると知ってポチってしまった(テレビを買ったりネット回線引くより断然安い)。1番の理由は錦織くんの3位決定戦を見ること。マレーに完敗した試合を見てこりゃ無理かなと思っていたけど,ニュースで銅メダルを獲得したというのを見て驚いたし,いったいどんな試合をしたのか見てみたかった(実際テニスの試合はほとんど見たことがなかった)。

それで今日の午前中に録画映像を見ていて、興奮した。2セット目を逆転されて落としてから切り替えて3セット目取ったところとか。その前にマレーに完敗してからの気持ちの切り替えもそうだけど。私はサッカーやバスケなどのチームスポーツをやってきた人間なので,テニスや卓球などの個人スポーツ選手は本当にメンタルが強いなと思う(もちろんダブルスもあるけど)。錦織くんは1989年生まれで学年が1つ下なので同世代として親近感もある。そのあと続けて女子卓球団体戦の準決勝も見た。負けてしまったドイツ戦。愛ちゃんは僕と同学年なので錦織くんより親近感がある。シングルスの3位決定戦で負けてしまった時も残念だったけれど、その思いを胸に臨んだ団体戦でもダブルス・シングルスと落としてしまい,試合後のインタビューでは「責任はすべて私にあります」と言っていた。

3位決定戦では一番手で登場したもののやはり負けてしまい,その後に石川佳純が1-1に戻してからの伊藤美誠とのダブルスで勝ちきった。そのまま流れに乗って4戦目の伊藤美誠が勝って銅メダル。しかしこの伊藤美誠もすごいね。15歳とは思えないメンタルの強さがあると思う。

試合後のインタビューで1番涙をこらえそうになったのは,愛ちゃんが最後にリオ五輪を振り返っての感想を聞かれて,「いい試合もたくさんあったけど、悔しい試合もそれと同じくらいあった。本当に苦しいオリンピックでした。」と答えた場面。シングルスでは自己最高のベスト4でもメダルには届かず,団体戦でも勝負所で勝ち切れなかった。結果的にメダルは取ったけれど,「足を引っ張ってばかりで…」という発言にも,自分のパフォーマンスには満足がいっていなかったことがあらわれていると思う。

アナウンサーもしきりにダブルスを組んだ伊藤美誠との年齢差が12歳と言っていたけれど、チームの最年長であるということも責任感を感じさせていたのかもしれない。僕なんか5個下の後輩ですら色々難しいのだから,いくらスポーツの世界といっても12歳年の違う仲間との距離感とかはすごく難しそう思える。実際はどんな感じなのだろう。
話は変わって,バスケットボール。男子は今大会は出場できなかったけれど,女子が結構頑張っている。AKATSUKI FIVEと呼ばれているらしいのだけれど,そのキャプテンの吉田亜沙美。彼女は私の学年が1つ上。東京成徳高校でプレーしていたのを間近で見ていた。当時から男子ばりのプレーをしていて,東京のスター選手だった。新人戦の代々木第二体育館だったかウィンターカップの東京体育館だったかでプレーしているのを初めてみて,こんなうまい人いるんかいなと思ったのは今でも覚えている。国内のバスケ事情はそれ以降全然追いかけおらず,リオ五輪のニュースで「吉田亜沙美」の文字を見たときに「あの東京成徳の?!日本代表のキャプテンなの?!」と驚いたものだ(ちなみに,同じく学年1つ上で当時国学院久我山の小野龍猛も男子の日本代表だと最近知ってびっくりした)。

女子バスケは結局アメリカ相手に完敗してしまったけれど,前半までは互角の勝負だった(ニュースで先に結果を見てたから,前半の戦いからどうしてあんな点差になったのか不思議なくらいだった)。日本は前半スリーポイントもあたっていたし,FG%(フィールドゴールパーセンテージ)も50%越えてたんじゃないかな。トランジションもかなり早くてディフェンスもかなりファイトしていたから,これ後半まで持つだろうかと思っていたらやっぱり第3Qでじわじわと自力の差が見え始めて第3Qの半分で20点差もつけられてしまった。流れの悪い時にターンオーバーが続いてしまい,そこを確実に決められて引き戻せないくらいの点差がついてしまった感じ。オフェンスも攻めあぐねていてシュートを打たされていた印象。誰かがボールを持っても連動した合わせの動きがなかったし。逆にアメリカは個人技でもチームで崩しても確実にシュートを沈めていて,前半やられていたスリーポイントやピックアンドロールに対するディフェンスもしっかり対応していた。日本は結果的に第3Qで13点,第4Qでは5点しか取れなかった(控え選手を出していたのもあるけど)。最終的なFG%もアメリカが65%に対して日本は34%まで下がってしまった。スリーポイントもアメリカが61%に対して日本は38%。それにしてもアメリカはほんとシュートがうまかった。

そんなわけで同世代の人たちが世界を相手に闘っているのを見ると,自分も上を目指してチャレンジすることをやめちゃいけないなと思うのである。サッカーでもバスケでも,自分はレベルの高いところには手も届かなかったけれど,幸い私のいる世界はオリンピックのように日本の代表選手になるための戦いもなければ,グループリーグの予選も上に勝ち進むためのトーナメントもない。そういう意味ではスポーツに比べたら圧倒的にチャレンジしやすい環境だと思う。体格の差もまったく関係ないし。

などと言っている間にもう8月も半分過ぎてしまった。今週末は全国英語教育学会の発表なので,まずはその準備から…

なにをゆう たむらゆう。

おしまい。