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2次対策の面接練習で気づいたこと

今日は先日勉強合宿に指導員として参加させていただいた高校の校長先生に、教員採用試験の2次の面接練習をしていただきました。1次をまさか通過するとは思ってもみなかったので、面接のことはなにも考えていませんでしたし、正直ぶっつけ本番でも自分ならなんとかなるだろうと思っていました。しかしいざ校長先生に様々な質問をぶつけられると、全然答えられないし、「こういうことまで言及できた方がいいね」というアドバイスを受けるたびに「ああ、なるほど!」と膝をうつようなことばかりでした。その中で、一つだけすごくショックな場面がありました。盲点といいますか。「教員の研修についてはどう思われますか?」と聞かれて、「教員として向上心を持って知識・技術は磨き続けるべきだと思います」と答えたんです。そのあと校長先生はこうおっしゃいました。
学校は組織なんだから。自分の授業だけよくなったってしょうがないんだよ。学校全体のレベルがあがらないといけない。大事なのは、教科としてどうやってレベルアップをはかるのかということ。
ハッとしたんですね。僕は、自分のことしか全く考えてなかったんです。自分がどうやったらうまく授業を展開できるのか。自分が英語教育研究の発展に寄与するためにはどうしたらいいのか。自分が自分がって。それで、そこから「日本の英語教育がどうあるべきか」なんてことを考えていたわけです。CELESやJASELEに行っていろんな先生に会って、僕もこういう人たちと一緒に日本の英語教育の発展に少しでも貢献したいとか思い上がってたわけです。中学で勤務するにせよ高校になるにせよ、自分が所属する組織の単位はその学校なんですよね(もちろん僕の場合はまだ組織の一員になっているわけではないですが)。そのことを差し置いて、やれ自分の授業はどうしようとかそれをどうやって学会とかでシェアできるようにすればいいんだろうとか、自分が学校という組織の一員であるという認識が決定的に欠けていたことに気づいたんです。ああだから自分はダメなのかと思いました。本当にすごく恥ずかしくなりました。自分が一緒に働く英語教員の同僚の存在を無視してるとかあり得ないですよね。そんなやつが学校教員なんてなれるはずがないと思いました。その他の質問でもいたるところで、この「学校という組織の一員として働く」という考え方がないと思いました。たぶん僕のTwitterでのつぶやきなんか校長先生に見られたら「生意気」の一言で一刀両断だったと思います。それだけ、「生意気だなと思われるような発言は極力避けて謙虚に」ということを念を押されました。もうぐっさぐっさきましたよね。
「面接なんて嘘ハッタリかましてもいい。それはあくまでテクニックであって、自分の信念は前面に出してはいけない」と言われました。わかってはいたんですが、僕はそもそも自分の信念を貫くとかいうほど自分の意見を持っていないんだなとも思いました。それだけ圧倒的に思考力が足りないしそれを言語化する能力も低い。そのことを痛感した1時間でした。きっと校長先生は「田村はちょっと2次厳しいだろうな」という印象を抱かれたと思います。それくらいひどかった。本当に。でもこれだけ自分が足りないところを目の当たりにする経験というのはなかなかないので(留学で経験したこととはちょっと違う)、すごく勉強になりましたし、せっかくご指導をいただいたからには「落ちてもいいや」なんて気持ちでは臨めなくなりました。週末はKATEに参加してきますが、あと1週間、単元指導計画の作成も含めてしっかりと準備をして2次試験に臨もうと思いました。
なにをゆう たむらゆう
おしまい。
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